散水試験報告書例5:木造住宅の大規模改修工事の途中、職人から雨漏りしているのでは?
㈱〇〇1級建築士事務所〇〇様より、△△様邸の雨漏り調査依頼を受けました。
****年**月**日9:00~16:15、△△様邸にて、雨漏り診断士1名同行の上、散水試験を実施しました。内部が既に撤去され、スケルトン状態であったため、散水試験の雨水浸出は確認しやすかったです。結果を報告致します。
雨漏りは、下記の4つの条件の組み合わせにより、発生します。
①雨量
②風の向き
③風の強さ
④継続時間
1.雨漏りのメカニズム
本件建物のような木質系建物においては、雨漏りは、「1次防水」+「2次防水」のセットで考える必要があります。屋根材や外壁左官材のみといった1次防水だけでは、雨漏りを完全に防ぐことはできません。屋根材・外壁材のわずかな隙間から若干浸入する雨水を、2次防水で防ぎます。2次防水の上には、雨水が若干流れていることになります。雨水の浸入を、屋根材や板金材などの1次防水で、できるだけ防ぎます。防ぎきれない若干の雨水については、下葺き材の2次防水で防ぎます。屋根の2次防水である下葺き材のアスファルトルーフィングの上には、雨水が流れています。建物本体を傷めないうちに、速やかに雨水を排出しなればなりません。2次防水を突破した雨水が、雨漏りになります。
1次防水と2次防水とは
屋根 | 外壁 | |
---|---|---|
1次防水 | 屋根材・板金・シーリングなど、外から見える部分 | 外壁材・板金・シーリングなど、外から見える部分 |
2次防水 | 捨て板金・下葺き材(アスファルトルーフィングなど)、外から見えない部分 | 捨て板金・下葺き材(透湿防水シート・アスファルトフェルトなど)、外から見えない部分 |
雨漏り補修工事を行う際、屋根・外壁の一部をめくってみると、2次防水のどこかに不具合が発生している場合が多いです。2次防水が、完璧な材料と施工であれば、雨漏りは発生しません。雨漏りに対して重要な役割を担う下葺き材を紫外線から守り、経年劣化を防ぐための保護材が、カラーベストであるとも言えます。以上は、屋根の下葺き材の説明ですが、同様に外壁の下葺き材の外部側にも水が流れていることになります。
△△様邸の雨水浸出箇所として、建物内部からの目視による雨漏り跡から、
屋根:
①大屋根最上部の棟違いのケラバ段差部
②大屋根南西角の隅棟部
③大屋根南面換気用(通称:鳩小屋)開口部
北・南バルコニー:
④手摺笠木~本体取合い部(通称:3面交点)
⑤掃出しサッシ下端(サッシと防水取合い)
⑥入隅部サッシ枠(サッシと外壁の取合い)
サッシまわり:
⑦階段室サッシ
⑧玄関サッシ
⑨洗面サッシ
外壁と基礎の取合い
⑩玄関まわり
外壁と排水パイプ取合い
⑪リビング西壁
順次、散水試験を実施して、雨漏り現象を再現することにより、雨水浸入箇所を特定していきます。
2.散水試験実施(屋根)
①大屋根最上部の棟違いのケラバ段差部
散水開始後30秒以内の短時間で室内側に一気に浸出しました。床にもこぼれてきました。雨水の浸入箇所となります。
②大屋根南西角の隅棟部
野地板合板に雨漏り跡がありますが、屋根材が滑りやすく、安全のため散水試験は実施していません。含水率計で測ると33.2%~35.8%となり、通常は木材の「気乾状態」と呼ばれる15%前後ですから、雨水浸入の可能性は高いです。
③大屋根南面換気用(通称:鳩小屋)開口部
野地板合板に雨漏り跡がありますが、屋根が滑りやすく、安全のため散水試験は実施していません。
3.散水試験実施(北・南バルコニー)
④手摺笠木~本体取合い部(通称:3面交点)
北バルコニーで、粘土で堤防をつくり、水を溜めると約5分で、階下の壁内部に水が浸出してきました。雨水の浸入箇所となります。
南バルコニーで、粘土で堤防をつくり、水を溜めると約10分で、バルコニー内部の壁・壁入隅サッシ枠裏・サッシ下バルコニー軒天に水が浸出してきました。サッシ縦枠が入隅壁内にのみ込まれた状態で、雨漏りリスクの高い部位です。雨水の浸入箇所となります。
南バルコニー他方3面交点もバルコニー内部の壁入隅サッシ枠裏に水が浸出してきました。雨水の浸入箇所となります。
⑤掃出しサッシ下端(サッシと防水取合い)
北バルコニーのサッシ下端に散水すると、約10分で、下に水が浸入してきました。掃出しサッシの下端の高さが少なく、雨漏りしやすいです。雨水の浸入箇所となります。南バルコニーのサッシ下端はリビングで大工が床施工していたため、散水試験を実施しませんでしたが、北面と同様の施工であり、雨漏りの可能性があります。
⑥入隅部サッシ枠(サッシと外壁の取合い)
北バルコニーサッシ縦枠が壁入隅内にのみ込まれた状態です。上部に10秒以内の散水で大量の水が浸入し流れ落ちました。雨水の浸入箇所となります。
バルコニーその他
北バルコニーの排水口を塞いで、水を溜めましたが、1.5時間経過しても水は漏れませんでした。一気に排水しても問題はありませんでした。
4.散水試験実施(サッシまわり)
⑦階段室サッシ
サッシのシーリングが途中までで、上部に水を溜めると、水が室内に浸入しました。散水するとサッシアルミのジョイントからも水が浸入しました。雨水の浸入箇所となります。
⑧玄関サッシ
短時間の散水で室内に水が浸入してきました。雨水の浸入箇所となります。
⑨洗面サッシ
短時間の散水で内部壁内に水が浸入します。雨水の浸入箇所となります。
その他サッシ:2F和室中連サッシ
水を溜めると水位低下し、散水すると浸入します。雨水の浸入箇所となります。
5.外壁と基礎の取合い
⑩玄関まわり
「土台水切り」が設置されていないために、水が基礎天端に溜まり、土台下端から玄関側に浸入します。雨水の浸入箇所となります。
外壁下葺き材は基礎天端で切れていると思われます。
さらに散水するとどんどん浸入します。土台のひび割れ部から水が浸入し土台天端も濡れてきました。
6.外壁と排水パイプ取合い
⑪リビング西壁
排水管が新設されており、雨仕舞いが未施工状態です。
その他:化粧胴差上部、エアコンスリーブ穴
散水しましたが、化粧胴差からの雨水の浸入はありません。エアコンスリーブ穴は雨仕舞い処理がされていないために、シーリングのみの施工となります。
7.結論
屋根:
①大屋根最上部の棟違いのケラバ段差部 →雨漏り確認しました。
②大屋根南西角の隅棟部 →雨漏りの証明はできませんが、含水率計で想定
③大屋根南面換気用(通称:鳩小屋)開口部 →雨漏りの証明はできませんが想定
北・南バルコニー:
④手摺笠木~本体取合い部(通称:3面交点) →雨漏り確認しました。
⑤掃出しサッシ下端(サッシと防水取合い) →雨漏り確認しました。
⑥入隅部サッシ枠(サッシと外壁の取合い) →雨漏り確認しました。
サッシまわり:
⑦階段室サッシ →雨漏り確認しました。
⑧玄関サッシ →雨漏り確認しました
⑨洗面サッシ →雨漏り確認しました。
(2F和室中連サッシからも雨水浸入します。)
外壁と基礎の取合い
⑩玄関まわり →雨漏り確認しました。
外壁と排水パイプ取合い
⑪リビング西壁 雨仕舞い未施工であり、散水していません。
今回の散水試験実施により、①・④・⑤・⑥・⑦・⑧・⑨・⑩からの雨水浸入は確実です。②③も雨漏りの可能性が高いです。かなり多くの部位から雨水が浸入していることになります。
8.屋根について
野地板の含水率
含水率計で測ると、含水率41.8%表示します。野地板合板が部分的ですが、湿気でベコベコする部位があり、劣化が進行しています。
カラーベストの塗装
屋根カラーベストが最近のリフォーム工事により再塗装されていますが、塗装の際、それぞれのカラーベストを縁切りせずに一緒に塗りたくり、一体化状態になっています。これは1次防水である屋根材から若干浸入する雨水の出口を塞いだことになり、2次防水のルーフィング上に水が滞留する結果となります。意図せずに雨漏りを誘発することになります。雨水滞留により、以前よりは雨漏りが激しくなった可能性があります。
屋根のシーリング
屋根材および屋根取合い部にシーリング材が塗りたくられています。雨漏り現象を認識した上で施工されたものと思われます。このシーリング施工は最近施工されたものですが、通称:△シーリング・なすくりシーリングと呼ばれるもので、耐久性はあまり期待できません。一時的に雨漏りが止まったとしても早い段階で再発するものと思われます。シーリングは、適切な幅・厚みが確保され、接着性確保のためのプライマー塗布およびその乾燥時間、2面接着・3面接着の区別などを考慮された上での施工が本来です。
今回の散水試験による雨漏り現象を含めて確認すると、屋根材・下葺き材のアスファルトルーフィングは部分的な補修工事は難しく、全面的にやりかえることを検討願います(屋根材の場合はゴムアスと呼ばれる改質アスファルトシートを推奨)。なお、野地板合板については劣化部分のみの張替えで問題ありません。
9.外壁について
本件建物の外壁材は、左官および乾式タイル張りですが、「外壁通気層」は設置されておらず直張りです。1次防水である外壁材から浸入する若干の雨水は適切に排出されにくく、下葺き材のアスファルトフェルトで滞留することになります。
そのアスファルトフェルトにも破れが多数あり、雨漏り跡にはなっていませんが、強風時には雨水浸入の可能性が残ります。アスファルトフェルトの外側には水が流れていることになります。
外壁がサイディング材の場合には、現在では外壁通気工法を採用することがほとんどですが、左官仕上げの場合は現在でも通気をとらない工法が主流ですので異常ではありませんが、若干浸入する雨水は排出しにくいことになります。
サッシ周りの防水テープ施工は、現在は主流ですが、当時は一般に施工されておらず、本件建物も防水テープはなく、アスファルトフェルトとサッシのツバは一体化していません。全てのサッシ周りは雨水の浸入口になる可能性があります。
サッシ枠の取替は大変で、外壁の左官を撤去することは粉塵・騒音などが発生し、下葺き材はボロボロになり、下地の木部も傷める可能性があります。現実的な工法としては、「カバー工法」と呼ばれるもので、現在の外壁・サッシをそのままにし、上から透湿防水シートを施工し、通気胴縁施工の上に軽量な金属サイディング張りを推奨します。
なお、右写真はうまく撮れませんでしたが、軒桁上部の垂木の隙間から覗くと光が漏れています。下葺き材が不足しています。つまり雨水浸入の可能性があります。屋根材の下葺き材と外壁材の下葺き材を連続させると雨漏りは防げます。
おわりに
雨漏りの原因追求は難しく、雨水の出口は1箇所であっても、浸入口は複数個所ある場合が多く、今回の散水試験により、雨水浸入の全箇所を適正に見つけられなかった可能性もあります。雨漏り浸入箇所の候補が多く、完全に実施するには足場設置と更なる時間も必要です。
他の部位からは雨漏りしないという証明は、通称「悪魔の証明」と呼ばれるもので、証明できません。散水を強くしたり、時間を長くしたり、向きを変えると雨水浸出の可能性があります。30分散水して漏れなくても、1時間散水すると漏れる場合もあります。1時間散水して漏れなくても2間散水すると漏れる場合もあり、基準があるわけではありません。雨漏りが再発した場合には、再度散水試験から実施することになります。いずれにしろ、施工順番として、まず外部からの雨漏りを止めてから、造作・内装工事に掛かるべきです。
以上、報告します。玉水新吾